【映画レビュー】現代社会の迷子になった「大人」へ贈る、《童心》を取り戻す物語。『プーと大人になった僕』の感想を書きます。

【映画レビュー】現代社会の迷子になった「大人」へ贈る、《童心》を取り戻す物語。『プーと大人になった僕』の感想を書きます。

こんにちは、なるけんです。

 

幼い頃から何度も、何度も、何っ度も見てきたディズニー作品。
成平家の子供は「気に入ったものを目が腐るほど何度も見る」という習性をもっているため、両親はさぞ飽き飽きしていたことでしょう…。

その中でも特に見ていたのは「くまのプーさん」シリーズ。

「クリストファー・ロビンを探せ」ってやつが特に僕のお気に入りでしてね。
劇中で登場していた「地図」が欲しかったので、映像を止めて、画面を見ながら自分で工作で再現したりもしました。

ひどいときは1日に3回連続で見たりしていたので、最初の方の「いつま〜でも、それ〜は…♪」って歌が今でも口ずさめたり、調子に乗って地図を振り回して木に地図引っ掛けて破って焦るラビットとか思い出せたりしますw

“なるけん”

プーさんだけ何で「さん付け」なんだろ?と子供ながらに思ったりもしたり。

くまのプーさんシリーズに出てくるアイテムは魅力的なものばかり。
幼少期の大部分を工作に費やしてきた僕にとっては再現したいもので溢れていた作品でしたねー。(ハチミツのツボが手強いのなんの。。)

 

そんなくまのプーさんですが、クリストファー・ロビンが大人になった世界を描いた物語があることを今更ながら知りまして。
無性に見たくなってレンタルしてきましたとも。

実在するクリストファー・ロビンに母が書いた物語である「くまのプーさん」シリーズですので、作中のクリストファーと実在のクリストファーと2人存在します。
プーさんや仲間たちが当たり前のように劇中に存在しているので、実在のクリストファーでなく「作中のクリストファーが成長した物語」を描いた世界線だと僕は捉えています。

バッチリ2周見てきたので、ガッツリ感想を書いていこうと思います。
▼下記に当てはまる人の心にはきっと響く作品ですよ。

  • 仕事が生活の中心になっている人。
  • 楽しく遊んだ最近の記憶がない人。
  • 自分は何のために生きているのかを見失いがちな人。

※ドッサリとネタバレしておりまして、それに関しては一切責任はとりません。

 

どんな話かというと。

一言でいうと、クリストファーロビンが大人になり、家庭をもって仕事に悩んでいる時にプーと再会した物語。

「くまのプーさん」に登場していたクリストファー・ロビンがこの物語の主人公。
寄宿学校に通わないといけなくなり、これまで住んでいたコテージを離れてプー達ともお別れすることに。

大好きだった「何もしないこと」が寄宿学校生活では一切許されません。
親元を離れて1人で過ごしていましたが父親が亡くなってしまい、ロビン家を支えるために黙々と勉強するクリストファー。
そんな中、イヴリンという1人の女性と出会い、恋に落ちます。

一緒に過ごすようになって間も無く、クリストファーは戦場に向かうことになります。
無事にロンドンに帰ってきたときには娘が誕生していました。

家庭をもち、ウィンズロウという高級鞄メーカーの効率化主任として働くクリストファーが大人の暮らしに直面し悩む毎日。
仕事が生活の中心になって「楽しむこと」を見失ってしまった彼が思わぬ形でプーと再会する、そんなお話です。

 

心が動いた場面。

① 声が同じ!!!

「ついに来ました、幼い子供達に必ず訪れるサヨナラを言う日が…。」という悲しいナレーションから始まる物語。
100エーカーの森の仲間達が寂しさもありつつ明るくクリストファーロビンの送別会を開くところからスタートします。

このとき震えました、ほとんどのキャラクターの声がアニメと一緒なことに!!

僕の耳が腐っていなければ、「プー」と「イーヨー」と「ピグレット」だけ声が変わってるかな?
個人的には「プー」と「イーヨー」は全く違和感なし。
(ピグレットは悲しいけどちょっと違ってて、でも仕方ない。。)

アニメーションを見て育ってきた世代でしたが、実写になっても声が同じなので「うわっ、この世界に帰ってきた!」みたいな懐かしい感覚になることができました。

 

② 「僕はもう《何もしない》ができなくなる…。」

アニメーションの時のクリストファーは度々《何もしない》ってことが好きだと話していました。
ですが、この物語の序盤で「僕はもう《何もしない》ができなくなる…。」という場面があります。

それは、親元を離れて寄宿学校にいくことになってしまったから。
「寄宿学校じゃ許してくれない。」とクリストファーもわかってました。

『第1章 クリストファーロビンが子供時代を終える。』というナレーションが入り、そのあとは一瞬で大人になるまでが描かれます。

寄宿学校で授業中に落書きしていたことでこっぴどく怒られたり。
突然、父が亡くなってしまったり。
周りの友人は校庭で遊んでいるのを横目に頑張って勉強していたり。

一言でまとめると、『クリストファーの青春』=『我慢』でした。

大人になるとは我慢を知ることであり、何もしないなんて許されない。
それをまざまざと見せられるのは僕は辛かったですね。

 

③ 業務を押し付ける上司の呪い。

この物語には1人、ヴィランのような人物がいます。
それは、クリストファーの上司であるウィンズロウ。

会社のコストカット案を出すために、週末に家族で出かける予定のあるクリストファーに休日出勤を押し付けます。
そのときに、

「夢はあるか、ロビン?」
「夢はタダでは叶わない。」
「何もないところからは何も生まれない。」
「沈みかけた船に乗ったものは自分に問わなければならない。」
「泳いで助かるか、一緒に沈むか。」
「君はどっちだ?」
そう言って、その後にリストラ候補者のリストを渡してくる。

なんともずるい!!
こんなことしといて自分は週末にゴルフ行ってますからね、こいつ。

このときのウィンズロウの言葉がクリストファーに呪いのように染み付いていき、物語中になんども顔を出しています。

当たり前のように自分に従わせようとする存在、僕たちの現実にもいるなーって思ったんですよねー。

平然と自分の幸せを脅かす存在が時には目の前に現れる。
そのときはきちんと排除することに注力しないとなって思いましたね。

 

④ 自分の嫌なことを周りにもやってしまう。

寄宿舎時代が楽しい思い出ではないクリストファー。
にも関わらず、嫌がる娘も寄宿舎に通わせようとします。

上司のウィンズロウに言われた「何もないところからは何も生まれない」という言葉。
自分も返答に困っていたにも関わらず、同じことを娘にも言い聞かせています。

自分が嫌だったことを無意識に同じように周りにも行なっています。

「なんでだよー、やめなよー」と思いながらも、ワシにも思い当たる節があるんですよね…。
自分が我慢してきたんだから…と周りにも同じ道を辿らせてしまう感じは他人事ではありませんでした。

自分が苦しんだのであれば、その悪しき流れは自分のところでせき止められるようにしたいと思いました。

ちなみに、ここでのクリストファーは顔に影がかかる演出がぼちぼち多い。

そして妻のイヴリンからも
「あなた、もう何年も笑ってない。」
「たまには楽しんでよ。」
「仕事をしてるから好きになったわけじゃないわ。」
と言われています。

追い込まれているからこそだったかもしれませんね。

 

⑤ 必要なところに扉は現れる。

ここでいよいよプーの登場です。
この場面が僕は特に印象的でした。

100エーカーの森から仲間達がいなくなってしまい、クリストファーに助けを求めるためにプーはロンドンへやってきます。

昔はクリストファーの住んでたコテージの近くにあった「現実」と「100エーカーの森」をつなぐ扉。
それが、ロンドンのクリストファー家の前の広場にできていました。

その時にプーは
「なきゃいけないところにあるんだろうね。」って言うんですよね。

自分がくぐるべき扉は、いつだって必要な時に目の前に現れる。
そんなことを言ってくれている気がしたんですよね。

僕もこれまでいろんな環境でたくさんの体験を積んできました。
学んだことも多いですが、もちろんいっぱい失敗だってしました。

それらも全部必要だったから目の前に現れたんだろう。
無駄なことなんて何一つなくて、味わってきたものは自分にとって全て必要だった。

さらっとプーが言った言葉からそんなことを思いました。

 

⑥ 生まれて初めてプーにイラっとくるワシ。

上記のようなこと思って「さすがプー、名言製造機!」とか思ってたのですが、一気に感情が真逆に振り切ります。

ハチミツのついた足で家中歩き回り、カーペットの上にもおかまいなしで乗る。
レコード機を壊し、キッチンの棚を登ろうとして破壊。
街中でも人目を気にせず話しかけたり、必要のない風船をねだったり。
汽車の中で仕事をしているクリストファーの隣で、「見えたものを答える」と言う謎のゲームを始める。

“なるけん”

今こそ君の好きな「何もしない」を実行しろよ!!!

と言いたくなるほど脳内がブチブチと音を立てます。

生まれて初めてプーにイラっとしている自分がいました。

昔は「もう仕方ないなー」と優しい目で観れていたプーの言動に耐えられない…。
これが大人になったと言うことなのだろうか。

子供の時に抱かなかった「プーへの苛立ち」を視聴者に味あわせて、「自分も大人になってしまった」と感じさせる演出なのだろうか…。
クリストファーの苛立ちに共感せざるを得ませんでしたね。

 

⑦ ズオーに成り果てていたクリストファー。

「ズオー」や「ヒータチ」って聞いたことあります?
くまのプーさんシリーズで度々登場していた空想の動物の名前です。
「ゾウやイタチに似ていてみんなの幸せを食べる生き物」らしいです。

100エーカーの森の仲間たちはみんなこの存在を恐れています。
怯えている時にいつもクリストファーがみんなを助けていました。
森の中にはズオーを捕まえるための「罠」として這い上がれないほどの深さの穴を作ったりもしています。

再び100エーカーの森にやってきたクリストファーですが、ズオーに怯えるプーとのやりとりがとっても印象的でした。

 

ク「ズオーやヒータチは存在しない。」
「ゾウやイタチに似ていてみんなの幸せを食べる生き物は存在しない、空想だ。」

プ「友達はいる?」

ク「部下ならたくさんいる。」
「部下を友達とは思っていない、切り捨てるのが辛くなるから。」

プ「捨てたらどこに行くの?」

ク「さあね、それはわからないよ。」

プ「……僕のことも捨てたの?」

ク「…そうかもしれないな。」

 

そんなやりとりをしただけでもゾッとしたのですが、森の中の進路をプーに決めさせていたことで同じところを回っていたことが発覚。
クリストファーはプーを大声で怒鳴りつけます。

 

ク「人生は風船とハチミツだけじゃない。」
「全く馬鹿だな、どうして現れた?」
「僕はもう子供じゃない、大人だ、大人の責任がある。」

プ「でも、クリストファーロビンでしょ?」

ク「違うよ、君が覚えている僕とは。」

プ「ごめんなさい、僕を捨てていいよ…。」

 

その言葉を最後にプーは目の前から消えてしまいます。

それに慌てたクリストファーは森の中を探しまわります。
その時に大きな穴に落ちてしまうのですが、それが【ズオーを捕まえる罠】でした。

童心を忘れ「大人」になったことでクリストファーは【ズオー】に成り果てていた、と伝える場面なのだと僕は捉えています。

 

プーが申し訳なさそうに「ごめんなさい。」と言う姿は昔から見てきた自分には本当に苦しい…。

そして、100エーカーの森についてからのクリストファーの顔には光がほとんど当たらなくなります。
変わり果ててしまった姿がひしひしと伝わってきます。

見ている人に「自分も日常で【ズオー】になっていなかったか…?」と問いかけさせる強烈な場面でした。

 

⑧ 童心は取り戻せる。

穴から出られず急な豪雨に見舞われるクリストファー。
何もすることができませんでした。

無理やり登ろうとしたものの、頭から落ちて気を失ってしまいます。

結果、何もしないでいた間に穴に雨水が地上までたっぷり溜まり、脱出することができました。
「何もしないことは最高の何かに繋がる」と言う言葉が劇中になんども登場しますが、それを体現した1つの場面です。

そして「何もしない」を実行してからは雨も霧も晴れて景色が変わっていました。

森の中を歩いていた中で最初に出会ったのは「イーヨー」。
けど、「僕だ、クリストファー・ロビンだ」と言っても信じてもらえず、ズオーだと勘違いしています。
他の仲間たちがいなくなった原因がわからなくても、イーヨーは「クリストファー・ロビンなら何があったか言えるはずです。」と言います。

昔を思い出してながらみんなの行動を推理し、オウルの家に集まっていた形跡から近くの木の中に隠れていた仲間達を見つけ出します。
でも、イーヨーと同じようにズオーだと全員もれなく勘違い。

自分がクリストファー・ロビンだと証明するために、ズオーを倒すと宣言。
もちろん空想の生き物なのでそんなものいません。

なので、ズオーとの戦いをその場で空想し、傘やカバンを使って全力で遊ぶように戦うクリストファー。
その中で徐々に昔のように何もないところから空想で生み出して遊んでいた「童心」を取り戻していきます。

その姿を見て、イーヨーが「クリストファーロビン、君ですね。いつもの遊びだ。」と気づきます。
▲イーヨーが理解者に変わったこの一言に僕は鳥肌が立ちました。(この辺のイーヨー、ホントにいい仕事しています。)

そして、イーヨーがズオーに囲まれている状況をさらに演出したりして空想の戦いも大詰め。
「大人に染まった象徴」だったクリストファーの書類カバンに風見鶏を突き立て、クリストファーは完全に童心を取り戻します。
それを機に無事みんなも受け入れてくれ、その後、プーとも再会して仲直りすることができました。

「童心」は忘れてしまっているだけ。
いつだって取り戻すことができるんだよって言ってくれてる場面のような気がしました。

 

⑨ 自分のマインド次第で見えるものは変わる。

この物語、僕の中では2章に別れていると思ってます。

第1章はここまでの「クリストファーが童心を取り戻すお話」
そして第2章は「娘のマデリンとプーたちの冒険」

パパの忘れ物の書類を会社に届けて喜んでもらう、そして寄宿学校に行くのを取りやめてもらうってのが目的。
プー、ティガー、ピグレット、イーヨーと出会ったマデリンが、パパの会社まで行くために汽車に乗ってロンドンへ向かいます。

汽車での移動中、プーがやっていた「見えたものを言うゲーム」が始まります。
プーがやっていた時は「木・羊・人」みたいに言っていましたが

ピグレットは「失敗・不安・この世の終わり」
ティガーは「スピード・危険・怖いもの知らず」
イーヨーは「恥知らず・汚点・みっともない」のような
三者三様の答えが返ってきました。

見ている景色はみんな同じでも、自分のマインド次第で見えるものは変わるってことを感じましたね。

 

⑩ 悲惨な状況も見方次第。

ロンドンについてからのドタバタがなかなか楽しかったのですが、それは本編を見て楽しんでください。

なんだかんだで、会社まで到着したマデリンですが、会社の目前で書類が風に飛ばされてしまいます。
マデリンがいなくなったことに気がついてずっと探していたクリストファーとイヴリンがその場面でマデリンを発見。

謝るマデリンと、無事を喜ぶクリストファー。

「書類なんてどうだっていい。無事でよかった。」
「どこへも行かなくていい。寄宿学校も辞めだ。ずっと一緒に暮らそう。」
危険にさらされたことでクリストファーは本当に大切なものに気づくことができました。

その場面を見て、イーヨーは
「やれやれ、またもや悲惨な探険だった」と言いますが
イヴリンは「そうでもないわよ、見方によってはね」と答えます。

この一言がきっかけでクリストファーは会社の問題を解決するアイデアを閃きます。
そのおかげでハッピーエンドに繋がっていきます。

この時のイーヨーとイヴリンのやりとりがとっても印象的でした。

事象自体はいつだって無色透明。
見た人の捉え方によって色がつけられているだけ。

ネガティブな人はどんなことにもネガティブな色しかつけていないだけであって、見方を変えてしまえば違った色がつけられるんだよってことを学ばせてくれた気がします。

 

2回見ると分かること。

  • オープニングのイラストの中に描かれていた「穴にハマったプー」や「ズオーを捕まえる穴を作ったところ」は物語の伏線だった。
  • 現場を荒らしているところから伝わる上司ウィンズロウの仕事のできなさ。最後の結果になるのも分かる。
  • トランプに誘うおじさん、何かの伏線かと思ったけど何もなかった。プーをクリストファーが家に連れていくためだけに生まれた存在?
  • 大人になったクリストファーに一発で気がついたのはプーだけ。
  • 霧の日に誰もいなかったのは、オウルの家の風見鶏の音に怯えてみんな隠れていたから。
  • 「娘が読んで欲しかった本」&「自分の書いた絵」を見つけた時、一瞬プーさんのテーマソングである「Winnie the Pooh」が流れる。そのおかげで「懐かしさを感じた」ってことや「童心をちょっぴり思い出した」ってことが伝わる。
  • 風見鶏を手に取ったクリストファーに「武器を手に入れた」って言ったイーヨーの言葉は、カバンを突き刺す場面の伏線だった。
  • ティガーが木の中に隠れる仲間たちに囁く時の「オカマみたいな手の動作」がバリ懐かしい!!
  • ティガーが書類の代わりにカバンに詰め込んだものの中にイーヨーの尻尾が混じっていた。
  • マデリンの「トンケンに行ってきます」ってメモだけで『プーたちが一緒にいる!』と気づいたクリストファーは完全に童心を取り戻している。

 

しれっと伝説の人物がエンドロールに登場。

エンドロールの途中で、ピアノを弾くおじさんが「Busy Doing Nothing」っていう曲を引き語りしています。
直訳したら「何もしないことで忙しい」、イカした曲名だぜ全く。

これを演奏している人の名前は「リチャード・シャーマン」という人なのですが…
この方、実はディズニーに関しては結構な伝説の人物。

シャーマン兄弟は作曲家で、ディズニーの楽曲をいくつも手がけています。
「イッツ・ア・スモールワールド」「メリー・ポピンズ」、そして最初のプーさんのアニメーションであった「プーさんとはちみつ」でも作曲されています。

“なるけん”

「俺の名はティガー、世界一のトラ〜♪」っていう「ワンダフル・シング・アバウト・ティガー」も実は彼の作曲。

ディズニーの名曲セレクションCDを何度も聴き込んでいたワシにとって…

一度ディズニーを離れていた彼が50年の時を経て楽曲を提供してくれて、さらにエンドロールにしれっと登場してくれているのは嬉しいサプライズでしたね。

ちなみに、物語の最初のクリストファーロビンの送別会で歌われる曲と、「Busy Doing Nothing」、そのあとに流れる「Christopher Robin」の3曲がリチャード・シャーマンにて作曲された曲です。
どこか懐かしさがありつつこの物語を的確に表現している素敵な曲なので、ぜひエンドロールも最後まで見てみてね。

ちなみに「Busy Doing Nothing」の後の
「世の中変わりそうだ、悪くない方に。」
「気づいてくれてありがとう。」
ってセリフが流れるけど、とっても粋で深い…。

 

かつて「子供」だった全ての「大人」に見てほしい。

昔子供の頃に「くまのプーさん」を見ていた世代だったのであれば、間違いなくクリストファー・ロビンに感情移入してしまいます。

何もしたくないけど、何もしないこととはかけ離れた生活を送らざるを得ない。
「風船」よりも書類の詰まった「カバン」を大切に持ち歩く日々。
家庭を大切にしたいと思うんだけど、気がつくと人生の中心は「仕事」になっている。

大人になったことで選択肢は増えているはずなのに生活はどんどん窮屈になっていて、子供の頃の方がなんでも思いっきりできていた。

 

何もしないことは最高の何かに繋がる。

このフレーズがなんども劇中に出てきますが、「何もしないことで、自分の【本当にやりたい事】や【大切にしたいもの】に目が向けられるようになる」って事を言ってくれているように僕は感じました。

物語全体を通して【子供の時の心を思い出して、自分の心の声をしっかり聞こう。】ってメッセージを伝えてくれている気がします。

実は、▼に書いているように僕も「何もしない日」を意図的に作っているのですが、その必要性を改めて実感しましたね。

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ズオーとの戦いからみんなを守った時、プーはクリストファーのことを「英雄だ」と言います。
それに対してクリストファーは、「英雄なんかじゃないよ、迷子だ。」と答えます。

大人になって現実を知ったことで道に迷っている人、きっと多いと思います。

自分にとっての「風船」は何だっただろう?
大人になったからこそ、
今日1日を、全力で、無邪気に、楽しく味わいきっていた「あの感覚」をもう一度取り戻してみませんか。

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。

ではでは。

 

 

 

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